ジャズピアニストの浅川太平さんがソロピアノのアルバムをリリースした。タイトルは『Waltz for Debby』。2枚組というボリュームで、ビルエバンスの名盤『Waltz for Debby』と、同日録音された『Sunday at the Village Vanguard』の2枚からの選曲だ。これらの曲が浅川さんのどんなアレンジで聴けるのかな?と気軽に思いつつ聴き始めたところ、そこには意外な驚きと美しい煌めき、そして静寂・・・。ライブ録音と知り、当日会場で聴くことのできたお客様を心底羨ましく思った。言葉にしてしまうと野暮かもしれないが、それでもこの音楽の源は何なのか少しでも迫りたくて、今回は浅川さんにじっくり語って頂いた。
なお、このライブ録音が収録された水戸のJAZZ ROOM CORTEZ オーナー、伊藤輝彦さんのコメント(ライナーノーツに収録)を特別にご紹介させて頂いた。そして、浅川さんと共演も多いシンガーのayukoさんからも素敵なコメントをお寄せ頂いた。(2019年3月)


<浅川太平 インタビュー>    <コメント>




---今回のアルバムは、水戸のライブハウス「コルテス」の伊藤輝彦さんからのお声掛けがあり実現したそうですね。
どのような経緯だったのですか?


浅川:コルテスでは過去に様々なユニットで演奏させて頂きました。ドラムスの池長一美さんのpoetry of impressionism、ボーカルayukoさんのユニット、ドラムス吉岡大輔さんのthe express。

何度か出演させて頂いたある日のライブ後、コルテスの伊藤さんから「ソロライブしませんか?内容はお任せします」とご提案頂きました。ソロピアノライブは過去にも何度もやりました。全て即興演奏の時、全てオリジナル曲の時、コルトレーンの至上の愛の時等。しかし、スタンダードだけでライブはしていなかったので、今回は自分がジャズに没頭するきっかけとなったビルエバンスの『Waltz for Debby』へのオマージュとして、収録されているスタンダードを自分なりのやり方で表現したかったのです。
自分なりのやり方とは、前もってアレンジのような準備はせず、ただそれぞれのテーマのメロディーラインだけをモチーフに、自由で柔軟に曲それぞれのストーリーを様々な音色で表現することでした。実際絵を描くようなイメージで演奏が進みました。

---コルテスの雰囲気や伊藤さんのお人柄など教えて頂けますでしょうか。

浅川:コルテスの伊藤さんは、ジャズはもちろんですが、音楽そのものに大変ピュアでポジティブなエネルギーに満ち溢れた素敵な方で、その純なところがコルテスにもポジティブに反映されていて、いつも素敵なエネルギーに満ちています。
看板猫たちに会いにいくのも大事な日課になっています。

---今回の選曲は全曲、浅川さんにとって特別な存在だというビル・エバンスの曲。しかも、名盤『Waltz for Debby』と、同日録音された『Sunday at the Village Vanguard』。この2枚からの選曲とのこと。
このような趣旨にされた経緯について教えて頂けますか?


浅川:『Waltz for Debby』はジャズファンのみならず多くの音楽ファンを魅了し続けているアルバムですが、自分にとっては幼い頃両親が共働きだった為、夜家で安心して過ごせることが少なかったのですが、このアルバムのレコードだけは鳴らすや否や安心して寝れました。
スタイリッシュなエバンストリオのサウンドバランス、録音のバランス、ライブハウスのラフなノイズ....すべてが調和しているように聴こえた。この安心感は何なんだろうか、今となってはそのありかを探ることがジャズへの道のきっかけだった。さて、今の自分は何が描けるのだろうか。自分のスタイルで挑戦してみたくなりました。



---今回のアルバムは、2018年5月19日にコルテスで観客も入ってライブで録音されたものなのですね。。
当日のお気持ちはいかがでしたか?


浅川:演奏前はこの頃通院したりでちょっと体調不良に悩まされていて、演奏できる喜びとやり通せるか不安な気持ちとの両方でしたが....余計なことを考える余裕もなかったので、不思議とただ演奏に臨めました。

---曲順はあらかじめ決めていましたか?

浅川:『即興からはじめよう。長さはともかく』くらいの気持ちでした。結果的には1stで収録曲と同じ順番でsome other timeまで5曲演奏しました。
2ndまでの休憩中に、『2ndに残りの「milestones」だけずっとやるわけにもいかないから、「Sunday at the village vanguard」の曲もぶっつけでやろう』と決めて臨みました。
「gloria's step」とか「jade visions」は弾いたことなかったですが、新鮮さを楽しんで演奏することにしました。

---当日までの準備についてはいかがでしょうか?

浅川:なにもしなかったですが、ビルエバンスについての様々な文献を読んだり、クラシックの巨匠ミケランジェリ(エバンス自身アイドルだったピアニスト)の作品ばかりを聴いてました。特にラベル、ドビュッシー、ショパン等後期のものです。

---当日なにか印象的なエピソードはありましたか?

浅川:演奏中、ある時から目の前に墨絵のような濃淡の世界が広がって、メロディーをぼかしながら音色のインスピレーションに従って漂うような感じになりました。型ではないあの感覚はちょっと特別な経験でした。

---アルバムが完成してどんなお気持ちになったか、またアルバム発売開始から少したってどんな感想をリスナーからもらったか?など教えて頂けますか?

浅川:ライブを編集することもなくそのまま二枚組で発売させて頂けたので、今のそのままの自分が良い録音で形になり素直に嬉しかったです。コルテスレーベルが素晴らしい音にしてくださいました。感謝の思いでいっぱいです。

感想も既に沢山頂いております。「じっくり浸れます」とか「演奏スタイル自体は幻想的でアバンギャルドなところもあるけれど、不思議と安心感があって落ち着きます」とか「鍵盤から解き放たれた音が描く情景の数々。 只々繊細で美しいだけでなく、芯のある力強さや果てしなく広がる風景、 時の儚さや歪みまでも内包したかのような独特な世界観があって、初めて聴いた時からその音景にすっかり魅了されてしまいました。」等、おおむね好意的なのが嬉しいです。



---今回、アルバム全体静寂さを強く感じました。そして、原曲とは違ったアプローチですね。
もちろん原曲はピアノトリオ、今回のアルバムはソロピアノという違いはあります。
浅川さんのライナーノーツに「即興性を伴ったままメロディーと対峙」という言葉がありましたが、このあたり詳しく教えて頂けますか?
浅川さんは、ライブでエバンスの曲を演奏するとき、ある程度ご自身のアレンジを固めて弾いていらっしゃるのでしょうか?
また、ピアノトリオではドラムとベースとの絡みが印象的な部分が多くありますが、そこをソロピアノではどのように表現なさったのか?とか・・・


浅川:「即興性を伴ったままメロディーと対峙」とは、曲を演奏するからといって、形式の見えてしまう音ではなく、初めて演奏するかのようにその時にしかないやり方でメロディーを奏でることです。
“ライブでエバンスの曲を演奏するとき”という表現をされましたが、その”エバンスの曲”には2パターンあると思います。一つはエバンスが好んで演奏したスタンダード曲。もう一つはエバンスが作曲した曲。どちらを演奏するにせよ、自分のソロの為に前もってアレンジをすることは(特定のボーカリスト用とかバンド用とかの場合はします)一切しないです。キーもいつも違う曲もあります。ドラムやベースの世界観をピアノソロにすべて入れるわけではなく、ソロにしかできない空間表現のなかでの可能性にかけてみたかったのです。
実は、昨年12月にコルテスで『You must believe in spring』をテーマに再びソロでライブ録音しました。後期の代表作をテーマにしましたが、こちらは死がテーマでした。2019年内にもしかしたらもう一作リリースするかもです。




---ビル・エバンスはどのような方だったのでしょうね?ドラッグに溺れたり、『Waltz for Debby』録音から間もなく、ベーシストのスコット・ラファロが急逝したり、晩年は身近な人達の自殺が相次いだりと暗い影が落ちている人生。でも珠玉のアルバムを沢山残してくれました。
浅川さんはエバンスのどんなところに心惹かれますか?


浅川:エバンスの魅力は、自分の美学を大事にし媚びないところです。それには大変な犠牲も伴いましたが....遺したものはあまりにも偉大でした。
エバンスは人生最後のライブの日、ライブ前にミシェルルグランと会っていたと聞きました。エバンスは手が腫れすぎてほとんど動かなくなっていたそうですが、ルグランにその手を見せて、「この手でも弾ける作品を作ってもらえませんか?」とお願いしたそうです。死も覚悟していたと思いますが、演奏にかける執念は相当なものだったのではないでしょうか。

---ジャズ初心者に向けて、エバンスのほかのアルバムでオススメがあったら教えて頂きたいです。
また、浅川さんにとってビル・エバンスとは?


浅川:ジャズ初心者に向けてのエバンスおススメ盤は、リーダー作品は『Waltz for Debby』『Undercurrent』『Moonbeams』『Interplay』『Alone』『You must believe in spring』
サイドマンではマイルスの『Kind of Blue』『Miles 1958』ジョージラッセル『Newyork Newyork』モニカゼッターランド『Waltz for Debby』トニーベネット『The tony bennett Bill evans album』

自分にとってエバンスは、20世紀を代表する偉大な演奏家で偉大な作曲家。青白く光る炎のような存在です。




---モノクロのジャケットデザインがまたこのアルバムにピッタリですよね。
これは写真なのでしょうか。詳しく教えて頂けますか?


浅川:写真家で現在は埼玉県越生にある山猫軒というギャラリー&ライブスペースのオーナー南達雄さんの作品です。
南さんは、チャーリーへイデンやドンチェリー、オーネットコールマン、阿部薫等、主にモノクロで素晴らしい写真の数々を撮られている方で、今回音源を聴いてくださり、このジャケットの写真を撮ってきてくださいました。作品にとてもフィットしていてホントに感謝の思いでいっぱいです。

---今後はどんなアルバムを出したいかお伺いできますか?
個人的には、浅川さんがとても猫がお好きとのことなので、猫をテーマにしたアルバムなど聴いてみたいなという気持ちもあります。


浅川:いくつか発表を控えてる作品もありますが、ジャズの作品はもちろんのこと、それとは全く違うタイプの作品も発表していくと思います。
猫をテーマにした猫ジャケ作品は必ず作りたいですね。

---どうもありがとうございました。今後の作品も楽しみにしております。







『Waltz for Debby』浅川太平

収録曲:
DISK1
01.My Foolish Heart〔13:34〕
02.Waltz for Debby〔10:02〕
03.Detour Ahead〔7:06〕
04.My Romance〔11:12〕
05.Some Other Time〔11:51〕

DISK2
01.Milestones〔7:15〕
02.Porgy〔9:40〕
03.Gloria's Step〔4:18〕
04.My Man's Gone Now〔7:03〕
05.Solar〔3:42〕
06.Alice in Wonderland〔5:09〕
07.All of You〔8:06〕
08.Jade Visions〔4:29〕

Piano : Taihei Asakawa

Executive Producer: Teruhiko Ito / Recorded & Mixed & Mastered by Ken Tadokoro / Recorded on May 19 2018 at Jazz Room Cortez / Photo by Tatsuo Minami Mikio Tashiro

レーベル:Cortez Sound
規格品番:CSJ0008
価格:3.000yen+tax

通販はこちらから
https://taiheiasakawa.wixsite.com/piano
http://cortez.jp/
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◆浅川 太平(あさかわ たいへい)プロフィール

77年札幌出身。父が札幌のライブハウス「銀巴里」(~2012)を経営し、母が歌手であったため、幼いころはシャンソンをよく聴く。3才よりクラシックピアノを始める。 96年、洗足学園短期大学でジャズを専攻し、卒業後バークリー音楽大学より奨学金つきの編入資格を得るも独学の道を選ぶ。04年、横浜JAZZ PROMENADE ジャズ・コンペティション、ベストプレイヤー賞受賞。07年に1stアルバム『Taihei Asakawa』(Roving Spirits)、11年に2ndアルバム『Catastrophe in Jazz』(Roving Spirits)、13年に3rdアルバム『Touch of Winter』(D-musica)をそれぞれ全国発売し、すべて全曲オリジナルという内容で作曲・演奏のどちらも好評を得ている。18年12月、初のスタンダードでのライブ録音となる4thアルバム『Waltz for Debby』(Cortez Sound)をリリース。19年にはヨーロッパを中心に国際的な活躍を続けているドラマー池長一美とデュオアルバムをリリース予定。


浅川太平 Official Web
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<Cheer Up!関連リンク>

Ayuko『Naked Circus』インタビュー(2017年)
http://www.cheerup777.com/ayuko2017.html

吉岡大輔&the Expressインタビュー(2017年)
http://www.cheerup777.com/express.html




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