東京・三鷹にある蕎麦屋「や乃屋」さんに入ると、店の隅でギターを演奏している男性。席に座るとお客さんが楽しそうに会話しており、ギターがほど良い音量で奏でられている。ほっと一息つきながらお茶を頂き、リラックスしながらギターに耳を傾ける。アルバム『Live in 蕎麦屋』の世界とすっかり同じだ。やがてギター演奏が終わり、男性がペコリとお辞儀。お店のスタッフが「今日の演奏は土門秀明さんでした」と紹介する。
やがて土門さんはこちらのテーブルに来てくれた。スタッフが賄いの十割蕎麦を運んでくる。蕎麦の良い香りの中でのインタビュー。

今回はギタリストの土門秀明さんが登場。なぜこのお蕎麦屋さんでBGM演奏を?アルバム『Live in 蕎麦屋』のリリースの経緯は?ロンドン地下鉄で長年路上演奏をしていた経緯は?・・・土門さんに聞いてみたいことがあふれてきます。たっぷりとお話を伺いました。(2020年1月)


---蕎麦屋さんに足を踏み入れたら、もうそこには今回のアルバム『Live in 蕎麦屋』の世界がありましたね。お客さんの会話がざわざわと入っていて、土門さんの演奏がさりげなくて心地良くて。
こういうアルバムを出そうということになった経緯を伺えますか?


土門:以前ロンドンの地下鉄で、10年ぐらい演奏していたことがあるんです。
それで『Live in Tube』『Live in Tube2』と2枚CDを出しました。地下鉄で録音したので構内放送も通行人の声も入っているアルバムです。
外国だとやっぱり写真1枚撮っても絵になるというか、駅のアナウンスが英語で、通行人でも子供が英語で話していたりしてね。それが面白いんじゃないかと思って作品になったんですよ。

『Live in Tube』


『Live in Tube2』



日本に帰ってきて、こちらのそば屋さんで週3,4日演奏させていただくようになり、その場で勝手に実験的に録音してみたんです。そしたら結構いい感じで。
でも商業CDになるものではないなあと思っていたんですよ。お店のBGMだし、ざわめきも日本人のお客さんの声で・・・。
そんなことを思っていた時に、愛知県一宮市でのライブを定期的にするようになったもので、NEW VINTAGE RECORDSのレーベルオーナー小島さんと「ライブやるんだったらCDも作って販売したいよね」という話になりまして。
とはいえ、普通にスタジオで録っても面白くないし、この蕎麦屋さんでジャズの曲を数曲録って小島さんに聴かせたら、「思ったより面白い!演奏もいい音で録れてるし作りましょうか!」ということになりました。

---そういういきさつだったんですね。
そもそもこのお蕎麦屋さんで演奏するようになったいきさつも気になります。


土門:僕のYouTubeの動画を見てメッセージをくれた人がや乃家さんのご親戚だったんですよ。
その時期、僕は帰国したばかりで何もすることがなかったんですが、や乃家さんで時々ジャズのライブをやってるから行ってみたら?とその方から勧められて。

全く知らない人のお店に突然伺うのもどうか?と思ったんですが、ヒマだし、もう失うものも何もないしと行ってみたら店長さんは音楽好きで気さくな方。
「じゃあここで一回ライブでもやってみたらいいじゃない!」と言われ、ライブをやってみたんです。でもギター一本での演奏は地味じゃないですか?それなら、わざわざお客さんを集めてライブするというよりは、ロンドン地下鉄での演奏みたいにバッキングでやってみたらどうか?とオファーされて。

それで実際やってみたら、店側としても注文を待ってるお客さんの暇つぶしになるし、生で演奏聴けるのもリッチな感じがするしね。
僕のほうもかえって気楽だし好きな曲を好きなように演奏できるし。もちろん曲は客層を選んでやってるんですけれどね。で、ギャラももらえるし、店も僕も両者win winみたいな感じで出来るのがいいと思って今やってるんです。

---レパートリーは何曲ぐらいあるのですか?

土門:100曲ぐらいはあると思いますけど、よほどの音楽好きじゃなければビートルズの「a day in the life」をここで演奏してもわからないと思うんですよ。
だからやる曲はどうしても、誰もがわかる曲になるんです。そうすると50曲ぐらいを回していくようになりますね。
お客さんに子供がいればジブリをやるし、年配の方が多ければ「見上げてごらん夜の星を」とか。
まあ臨機応変ですね。誰が聴いても不快にならないようなスタンダードな曲をやっています。

---さっき弾いてらしたユーミン、すごく良かったです。

土門:ユーミンは老若男女好きですよね。最後の3曲はだいたい決まってて「戦場のメリークリスマス」かユーミンかクラプトン、ビートルズなんです。
そうするとだいたいみんな気持ち良く帰ってもらえる(笑)。

--土門さんは、元々はバブルガムブラザーズのバックバンドのギタリストとして活躍されていたそうですね。

土門:20代後半ぐらいですかね。最初はローディーといって、楽器のセッティングで入りました。
当時バックバンドのギタリストが2人いたんですけど、1人がバンドデビューするということで抜けて。色々縁があって、ブラザー・コーンさんに「俺にやらせて下さい」って言ったらやれることになって、3年ぐらいやりましたね。

---その後2001年に渡英されたそうですが、そのきっかけは?

土門:元々ビートルズやOASISは好きでしたけど、まさか30代後半過ぎてから渡英するとは自分でも思わなかったですね。
バックバンドを辞めたあと広告代理店で数年働いたんですが、忙しくて音楽活動が出来なくなって。それにプラスして運命的に嫌なことが重なって、体調も崩して。
それならもう全部辞めて、音楽でもやろうかなあと思って。
日本では、この年齢じゃもう遅いっていう年齢のしがらみとかあるじゃないですか。そういうのがめんどくさくなってきちゃって。
どうせならビートルズの国イギリスに行けば恥も外聞もなくできるかな、楽しくできるかもしれない・・・そう思って日本を逃げ出した感じですね。

---そして13年も在住。最初からイギリスには長くいようと思ってらしたのでしょうか?

土門:行った時は13年もいることになるとは思ってなかったですね。でも最後のほうは永住するつもりでいましたが、ビザの関係で永住権が取れなくて帰ってきました。ビザの問題さえなければきっと永住していましたね。

---ロンドン地下鉄の駅構内で演奏するにはオーディションがあって、合格しなくては演奏できないということですよね。

土門:僕がロンドンに行ったばかりの時にはまだそういうシステムがなかったんですよ。みんな日本みたいにゲリラ的に演奏してたんです。
でも僕が行った一年後ぐらいにオーディションのシステムが始まりました。

僕はバスキング(注:公共の場で歌や楽器演奏でお金を稼ぐこと)目的でイギリスに行ったわけじゃないんですね。
僕にそういうオーディションがあるよと教えてくれた日本人の男性で演歌歌手がいたんですけど、当初、僕と演歌歌手は別々にオーディションを受けると思ってたんです。僕は一人で「Yesterday」とか練習して備えてました。
でも向こうって結構適当なところがあって。オーディションには何百人といるんだけど、日本人が僕とその彼しかいないから「君たち普段2人で演奏してるのか?」って聞かれて「たまには一緒にやりますけど」って答えて。
「今日は一人一人きっちり審査するのでは?」って本当は言いたかったんだけど、そんなこと英語で言えなくて、なぜか二人で演奏しろって言われてしまって。
以前彼と日本食レストランで演歌ショーをやったことがあって、北島三郎の「与作」を演奏したんですよ。「お前まだ覚えてる?」「なんとか覚えてるよ」ってやりとりがあって、急遽そこで二人で「与作」を演奏したわけです。
で、「これは日本のトラディショナルソングで、イギリスでいうアメイジング・グレイスのようなものだよ」って説明したら「分かった分かった。歌詞は何を歌っているのかい?」ありったけの英語で、「Yosaku is cutting tree.Wife is sawing.」それしか言えないですよ。

---確かにそういう歌詞ですね(笑)。

土門:そしたら、That's fine!もう帰っていいよと言われて。結果、受かりました。
向こうは日本のトラディショナルソングっていっても、いいか悪いか分からないんじゃないですか。

---それで土門さんのバスキング生活が始まったのですね。一日にどのぐらいの時間を演奏するものなのですか?

土門:時間割のように一回2時間の枠があるんです。いい場所はブッキングの日に早いもの勝ちで奪われていくわけです。いい場所が取れればいいんですけど、良くない場所の日もあったりするので。
いい場所でなければ、場所を変えてまた2時間演奏したり。一日2時間〜4時間の演奏ですね。

---すごく不思議な生活ですね。収入はどうしていらしたんですか?

土門:演奏しているとお金が入ってくるんですよ。向こうはそこを通るとポンポンお金を入れていく人が多いんです。
お金が入ってくるなら、やるしかないじゃないですか。やるだけ入ってくるんだもの。日本のように全然入ってこないならやらないですよ。
演奏してるだけでお金が入ってくるんだから、やめられないですよね(笑)。

---そういうことだったんですね。バスキングだけで生活できるなんてビックリしました。
ほかにイギリス在住中に印象的だった出来事は?


土門:2005年、ロンドン地下鉄とバスの同時爆破テロというのがあったのですが、その翌日からバスキングを再開したりとか。
あとはお金を盗まれた。オレンジジュースを頭からぶっかけられた。
いくらでも面白い話があるんで、書いていったら本になるんじゃないかな?と思い、10年ぐらい前に本を出しました。
その後、2018年にCDを付けて、その後の話も追記して「【完全版】地下鉄のギタリスト」としてアルファベータブックスという会社から出版されました

【完全版】地下鉄のギタリスト


---面白そう。これはぜひ読んでみます!

土門:絶対面白いですから!音楽の好きな人だったら分かる話ばかりですし、外国人はキャラが濃い人も多いですから面白い話満載です。

---最近、女性向けエンタメ雑誌「SODA」で土門さんが俳優の安田顕さんと対談されましたが、安田さんが土門さんの音楽のファンだそうですね。

土門:僕みたいな無名な人がそんな雑誌になんでかな?って感じですけど、僕の音楽を安田さんの一人芝居の全国ツアーで使ってくれたそうです。
そのお芝居のDVDにも収録されています。

---安田さんとの対談、いい感じの記事に仕上がってますよね。

土門:当日急に、ライターさんが30分遅れます!って言われたんですよ。安田さんも僕も着替えてもう準備もできているのに。
じゃあギターでも弾いてますって、安田さんの前でビートルズとか演奏しました。
安田さんは目をつぶりながら聴いてくれて。

---安田さんもビートルズの大ファンだとか。

土門:この記事でカットされた話があって。
僕、ジョン・レノンの生家に行ったことがあったんですよ。ジョン・レノンの子供の頃住んでた部屋が再現されて、ジョン・レノンがずっと寝てたベッドがあったんですよね。
それで、まずいかな?と思いつつもこっそり寝てみたんです。
それを思い出して安田さんに「安田さん、もしも自分の目の前にジョン・レノンが子供の頃から二十歳まで寝てたベッドがあったらどうしますか?」って聞いてみたんです。
普通なら「寝てみたいです」って言いそうですよね。
安田さん、「・・・頬ずりしたいです」って(笑)。みんなドっと沸きましたよね。面白いこと言うなあ!って。

この話は、さすがにジョン・レノンの家は重要文化財だし、まずいだろうってことでカットされたんですけど、実はオチがあるんですよ。
帰りがけに、ジョン・レノンの生家の管理人さんに、「ジョン・レノンのベッド、あれって寝てみたりしたらまずいですよね?」って言ったら、「うちの息子がリバプールに帰ってきた時、いつもそこで寝てるから、別に誰が寝たっていいよ」

---さすが、大らかですね!うちではこの話を載せてもいいんですか?

土門:大丈夫ですよ(笑)。

---帰国後のお話ですが、こちらの蕎麦屋さん以外での音楽活動はいかがですか。

土門:地元が山形県酒田市なんですけど、神社やお寺のお祭り、イベントで演奏することが多いです。
自分のオリジナル曲が和風っぽくて、禅的な感じもあるので・・・お寺のテーマソングを作ったこともあるし、お寺で流す用のCDを作ったこともあるんですよ。
老人ホームでも月に何回か演奏していますし、病院で演奏したこともあります。
本屋さんの踊り場で演奏して、興味ありそうな人に本を売ったりするのを一ヶ月ほどやったこともありますよ。

---このWEBマガジンの恒例企画なのですが、土門さんにとってのCheer Up!ミュージックを教えて頂けますか?

土門:自分がギターを弾くことで癒されていますね。
自分の好きな曲であればなんでも良くて。なぜなら、自分の好きな曲じゃないと練習する気が出ないですから。ソロギターってけっこう面倒くさいんです。ギター一本でメロディーも伴奏もベースも全部弾くっていうのはやりくりが大変で、練習しないと自分のものにならないですよ。伴奏だけだったら楽ですけどね。
だから、今回のアルバムも、今まで出したアルバムも全部自分の好きな曲ばっかり。
それらを自分で弾くことによって自分がCheer Up!されてると思います。

---ありがとうございます。最後に、今後の展望や目標などについて伺えますか?

土門:「有名になりたいんでしょ?」って聞かれることが多いけど、それはそれで大変になると思うんです。できればプレッシャーなくストレスなく一生ギター演奏を続けて、ある程度収入を得られて、それで生活出来れば、僕は成功だと思ってるんですね。
バスキングの時はそれで生活できていた。成功だったんです。親から「地下鉄で弾いてるなんて、なんなの?」と言われたりもしたけど、僕としては幸せでした。
日本でバスキングなんてやってもお金は入らないじゃないですか。そんなこんなしてたら偶然、こんな風にお蕎麦屋さんで演奏する仕事に出会って、バスキングと同じようなものです。
ここで演奏できていれば僕はプレッシャーなく楽しくギターを弾いて生きていけるんで、この時点で僕は目標達成しているとも言えますね。

---土門さんの貴重なお話を伺えて良かったです。本日はありがとうございました。




『Live in 蕎麦屋』土門秀明

1.雪 桜 -Snow Cherry-
2.The Rose
3.You Are Everything
4.Smile
5.The Water is wide
6.Love Of My Life
7.Maria Magdarena
8.Imagine
9.夢 路
10.Yesterday
11.見上げてごらん夜の星を
12.My Foolish Heart
13.When You Wish Upon a Star

発売日:2019/10/30
レーベル:NEW VINTAGE RECORDS
規格品番:NVRC-2938


土門さんはMogami River Projectという活動をなさっており、精神的につらい思いをしている人、ご病気で家や病院から出れない人などに向けて、穏やかな音楽を届けようという趣旨です。
以前はCD配布がメインでしたが、YouTubeでも聴けるようになりました。

Mogami River Projectとは
http://blog.domon.co.uk/mogami-river-project/




◆土門秀明 プロフィール

バブルガムブラザーズのギタリストとして活躍後、2001年に渡英。
日本人初のロンドン地下鉄公認バスカー(ミュージシャン)として、ロンドン地下鉄より公式ライセンスを取得。ロンドン地下鉄構内でソロギター演奏をスタート。
2006年「地下鉄のギタリスト Busking in London(水曜社)」出版。
2012年、世界初のロンドン地下鉄構内レコーディングライブアルバム「Live in Tube」をNEW VINTAGE RECORDSよりリリース。
2018年「CD付 完全版・地下鉄のギタリスト」をアルファベータブックスより出版。
帰国後は、音楽プロデュース、イベント出演、講演、出張生演奏、執筆など多岐に渡って活動中。
東京都三鷹市にある蕎麦屋「や乃屋」にて不定期で生BGM演奏を行い、2019年10月、「や乃屋」での生BGM演奏を収録したアルバム「Live in 蕎麦屋」をリリース。




(C)2009-2020 Cheer Up! Project All rights reserved.