アルバム『蓬莱』で共同プロデューサー、プログラミング、作詞作曲、アレンジと大活躍の作曲家・ソングライター高田信さん。
大野方栄さんのアルバム『Pandora』(2014年)『SEVEN』(2016年)『ちゃぱら』(2017年)に参加。作品を重ねるごとに存在感を増し、今では大野さんの作品にはすっかり欠かせない存在に。
前作『ちゃぱら』に続いて、高田さんにご登場いただき、『蓬莱』の素晴らしいサウンドや制作秘話について教えて頂きました。

大野方栄インタビュー 高田信インタビュー 

---今回のアルバムでは、大野さんに加えて高田さんと吉川昭仁さん(STUDIO Dedéオーナー、ドラマー)のお二人が共同プロデューサーということで、作業についてはいかがでしたか?

高田:前作では大野さんの総指揮のもと、サウンドプロデュースの吉川さんとアレンジ・演奏筆頭のMIKAさんがサポートして作品を仕上げて行く形でしたので、「生音を録る」という営みがベースでした。
本作では作り貯めた素材をもとに、三人が同じ目線でco-produceをし、アレンジをその場で組み替えたり、歌や打楽器や音響効果を足し引きしたりという進行がベースになりました。私が11曲中の10曲に関わらせて頂き、「打ち込みで骨格を作る」事が中心になったのが大きかったですね。その責任は重大ですので、とにかく打ち込みデータのクオリティには力を入れました。

---コロナ禍での制作は大変だったと思います。
レコーディングや制作のご様子、エピソードなど教えて頂けますか。


高田:音楽業界全体がまともに機能できない状況は当然大野チームとSTUDIO Dedéにも降りかかり、人的リソースの配分が思うように行かずにスタジオのスケジュールを押さえるのすら不自由しました。

この状況下、今回は開き直って、時間が掛かる事は規定の条件として受け容れ、その代わり焦らずに納得が行くまで作品を練り上げる事を主軸にしよう、と三人で決心しました。

ミックスダウンとマスタリングが終わり、三人が何事もなかったかのようにそれぞれの持ち場に淡々と戻って行く最終日の空気は、祭りの後の一抹の寂しさはあるものの、「やるべき事はやり切った」充実感から来る、爽やかさと誇らしさに満ちていました。(自分以外の二人は呑んだくれ文化圏には属していない、という冷厳な事実は置いておきます)

---ここからは曲ごとにお伺いします。
◆1. 白銀
---アルバムの最初からオーケストラの壮大なサウンドにたちまち惹き込まれました。
あの…本当に打ち込みなんですか??


高田:ピアノ伴奏の原曲の書法に交響的な拡がりを感じて、このアレンジを提案しました。元々アマチュアオケでの活動歴がありますので、各楽器群の自然な鳴り方を念頭に置いてデータを打ち込んでいます。そして、生の打楽器を効果的に加えた事が打ち込み臭さを消すのに大きな効果を上げました。

唄入りのデモの第1稿を作曲者のマリオ・ラジーニャさんに聴いて頂いた所とても喜んで下さり、音楽を通してユーラシアの端と端で繋がる事ができた喜びに「このプロジェクトに関われて良かったな」と幸せな気持ちになりました。

◆2. 恋に落ちて
---まさに大野さんの真骨頂!アップテンポの素晴らしいヴォーカルを堪能できますし、バックのサウンドがカッコよすぎますね。たまらなかったです。エンディングは沢山の楽器ソロが出てきて、そこに吉川さんのドラムとパーカッションが絡みあって大迫力!


高田:独特のコード感でオケの押し出しが強い曲想なので、メインヴォーカルを強く支えるために、バックコーラスもシッカリと譜面を起こして歌ってもらいました。早口のヴォーカリーズの凄さもさる事ながら、複雑きわまるコードワークを各パートとも最小のテイク数で仕上げて行く大野さんのスキルには改めて驚くばかりでした。

ラストの混沌としたソロの重なりは打ち込みと生録の融合が面白い効果を上げたと思っています。

◆3. そこだけ春が
---ピアニストの安田芙充央さんの「Waltz for Monique」が原曲。大野さんが2年ほど前に安田さんの音楽に出会って魅了されたとのこと。
クラシカルなアレンジが素敵で、ほっと和みます。


高田:この曲は「白銀」と二隻で一対をなす芭蕉の俳句の屏風絵のように構成したい、との事でしたので、こちらは同じくクラシカルな編成を取りながら、室内楽的なアレンジとしました。原曲の間奏部はかなりアヴァンギャルドなフリージャズ風でしたが、本作では飄々とした感じにまとめました。

パーカッションに関しては吉川さんが「この曲はギロ(スティックでギザギザを擦る楽器)で行こう!」と言うや、次々と暖かな風合いのパーカッションを加えてくれて、何だか“怪しい森”的な楽しげな感じに仕上げる事ができました。

◆4. あなたの庭で
---大野さんと長年交流の深いピアニストの中村由利子さんの楽曲で、大野さんはひと際深い思いを抱いている曲とお聞きしました。
ピアノは中村さん、吉川さんのウィンドチャイムが美しく響く中、ストリングスのさりげなさがまた素敵で、大野さんの歌と一体となってうっとりします。


高田:あまりに美しい曲なのでついついストリングスのパートを加える手も止まらず、最初は少々too much気味に書いてしまったのです。これには方栄さんと由利子さんも苦笑。歌を輝かせる事を第一優先に現場でだいぶ削って、このさりげない形に落ち着きました。
この名作を今以上に世に広めるお手伝いができれば、こんな嬉しい事はありません。

◆5. 水の惑星
---高田さんの違う一面が見られるアレンジ/サウンドですね!
原曲のセルジオ・メンデスの「Pipoca」も軽妙で楽しい曲ですが、こちらではゲームっぽいSEが入ってワクワクしました。


高田:エルメート・パスコアル氏の作品はクラシック音楽のように骨格が太く、今回の編曲では思い切りエレクトロな方向に寄せたものの、コアにはかすり傷ひとつ付けられませんでした。巨匠の手になるマスターピースとはそういうものなのでしょう。

その代わり、生ドラムのうねりによって、ピコピコ系でありながらブラジルっぽさを併せ持たせようと試みました。実は休憩時間にエリス・レジーナの、伝説の’79モントルー・ジャズフェスのVを三人で観てその降臨っぷりに打ちのめされてしまい、あんな匂いをこの曲にも取り入れたいよね、と話していたのです。人の心のプリミティブな基底に直接作用する、打楽器というものの存在の偉大さを改めて認識しています。

◆6.カップル
---この曲には高田さんは参加されていませんが、何かエピソードなどあれば教えて頂けますか?


高田:MIKAさんのエレクトリックピアノ(フェンダー・ローズ)は息を呑むような集中度で、短時間で完璧なテイクが録れました。そこに加瀬達さんがベースラインを瞬時に読み替える機転で、譜面通りに重ねたピアノのコードを違う響きに変えてしまう魔法の瞬間もあり、人間の手が産み出す音楽とは素晴らしいものだと感じました。

彼女がグリッサンド(鍵盤上でダーっと指を滑らせる特殊奏法)を、自分で納得が行くまで何度もやり直す様子をみんなで「血が出るまでやる」と表現して、しばらくチーム内での流行語になっていました。

◆7. パノプティコン 〜鎖の跡〜
---バッハの「アリオーソ」にのせて新しい楽曲を!という大野さんからのリクエストだったのですね。制作エピソードを教えて頂けますか?
ボカロにはうとくて初音ミクに姉貴分がいるとは知りませんでした。その「MEIKO」も美しいコーラスを披露していますね。


高田:詞は、“アリーテ姫の物語”というダイアナ・コールス氏のフェミニズム童話の傑作(片渕須直監督の劇場アニメ映画化でも注目)にインスパイアされました。人が誰でも自分の殻と社会の檻にぶつかり、世界に踏み出そうと葛藤する姿の気高さを、生命賛歌のように表現してみたいと思いました。

新規のメロディについては、コード進行の中で美味しい所がことごとくバッハ先生に使い尽くされているためこの曲は難産でしたが、ジャズとR&Bの語法も借りて頑張りました。

当初、元の旋律のダバダ〜も肉声で行く予定でしたが、オケもボコーダーで唄っているのだし、もうボカロのまんまの方が面白いのではないか?としてトラックを残す事にしました。MEIKOはVOCALOID初の日本語ライブラリとして2004年11月発売。以来、18年来の頼もしい相棒です。

◆8. レクイエム
---ロジャー・ケラウェイ作曲の The Singers Unlimited「stone ground seven」が原曲。原曲を聴いてもとても複雑で難しそうな曲ですね。
後半、ピアノソロがリアル過ぎて打ち込みではないのでは?と思いました。吉川さんのドラムも大迫力でした。


高田:中村由利子さんとMIKAさんの演奏以外は、ピアノパートも全て打ち込みです。単純に私は鍵盤が人並みに弾けないので(汗)、脳内イメージをそのままPC上に「写経」しています。自分のモットーは「マウスは楽器」でして(滝汗)。

2ヶ所の間奏の不思議な追いかけっこの部分は三人で頭を付き合わせて原曲を解析しましたが、謎だらけのリズムでした。ロジャー・ケラウェイ氏はやはり天才です。

バーチャルな自動演奏と生演奏の境目を自然に融け合わせてくれた、吉川さんの巧みなサウンド処理の職人技と変幻自在のドラムプレイには本当に感謝しています。

◆9. ターミナル
---ガル・コスタが歌った「Verbos do Amor」が原曲。大人の切ない気持ちにグッときました。
ピアノは中村由利子さん。ベースはブラジル音楽に造詣の深いコモブチキイチロウさん。お二人とは話されましたか?


高田:アレンジ面では、生の打楽器と打ち込みのストリングスを足した一般的な手法の他、大都会のビル街の空気感を求めて、生ピアノのコードの上に、シンセで高次倍音に相当する和音(アッパー・ストラクチャー・トライアド)を薄く重ね、楽器の木製ボディの箱鳴りに金属的な響きの成分を足しました。この手法の効果は自分の中でも目からウロコの落ちる経験でした。

中村さんとコモブチさんのレコーディングはとても楽しみにしていたのですが、日程が合わず立ち会えなかった事が今回の制作での一番残念な出来事でした。

◆10. 輪廻の蒼玉
---チャイコフスキーの「くるみ割り人形」より「金平糖の踊り」にのせて、高田さん作詞作曲の新たな曲が歌われる。どのようなイメージで曲を作られましたか?既存の曲と重ね合わせて新しい曲を作るなんて、難易度高いですよね。終わりのほうの迫力といったらもう!息をのみました。


高田:「輪廻の蒼玉」の構想時、“くるみ割り人形に再び唄を乗せる”と聞いてピンと思い至るものがあり、自分の中では即座にアイディアが固まりました。
『マサエ・ア・ラ・モード』から約40年越しに伏線回収のチャンスを頂いた事は、一人の大野ファンとしても歓びに堪えない経験で、方栄嬢には感謝しています。歌詞の具体的なネタバレはお聴きになってのお楽しみです。

自分はなぜか幼い頃から、曲を聴きながら別のメロディを口ずさむ遊びをする癖があり、そのせいか割と自然なノリで書いていたりもします。

中間部のバスドラムの連打からのラストの畳み込むようなリズムの嵐は、吉川さんでなければ思い付かなかったアイディアでした。

◆11. 素敵なあなた
---本アルバム唯一の完全オリジナル曲とのこと。作詞は大野さん。作曲は高田さん。
小粋で素敵な曲。本当にこのアルバムも素晴らしくて、もっともっと大野さんと高田さんがタッグを組んだ楽曲を聴きたくなります。


高田:有難うございます。そう言って頂けると救われます。親しみやすいメロディに少しひねったコード進行を組み合わせる事で、楽しく作曲する事ができました。

---前回のインタビューでは高田さんのご趣味についてもいろいろとお伺いしました。今回も、最近の高田さんのおすすめ映画と本を教えて頂けますか?

高田:本ですと、小説を押しのけて大童澄人先生の人気漫画「映像研には手を出すな!」がいま自分の中でダントツ1位になっています。それぞれ得意分野に異様に高い能力を持つ女子高生三人組がアニメ映画づくりに青春を燃やす設定で、作者本人の独白とも言える、創作に身を置く者の孤独なハートに突き刺さる名セリフの数々が自分達の活動に重なる部分も多く、パワーを貰いました。

映画ではなくドラマなのですが、名匠・吉田玲子さん脚本の「17才の帝国」(2022年5〜6月)には唸らされました。近未来を舞台に、市民がどう自分達の地域社会を政治を通して取り戻して行くかをテーマに、人とAIの関係も絡めながらスリリングな心理ドラマとして描いて行く手腕にはドキドキしました。坂東裕大さんの音楽監修も冴えていました。

---今後の展望や夢を教えて下さい。

高田:山下達郎さんの言葉で「風化しない音楽、いつ作られたか分からないような音楽。耐用年数ばかり考えてきた」というのが好きなんですけど、そういう音楽を生み出し続けることができるようなりたいし、そうありたいと思っています。

「音楽活動ではそろそろボカロPを卒業してこっちに専念するんだよね?」的な話が制作中に出たのですが、自分の為に自分の聴きたい音楽を作る事は精神衛生上欠かせないと考えていますので、細々とでも続けて行きたいのがホンネです(笑)。

---どうもありがとうございました。今後も高田さんの様々な音楽を聴けることを楽しみにしております。

◆プロフィール
高田 信(たかだ しん):作曲家・ソングライター
1960年東京生まれ。大学で建築を学ぶ傍ら学生オーケストラでオーボエを吹き、並行して作曲を独学。就職後は一時的にオケ活動に復帰するも音楽活動の長いブランクを経て、2013年に動画投稿サイト上でVOCALOIDを使っての楽曲制作を再開。オリジナル作品が大野方栄氏の目にとまり、「Pandora」「SEVEN」「ちゃぱら」に作家として参加。2022年6月29日発売の「蓬莱」には大野氏・吉川昭仁氏と共に共同プロデューサーとして携わる。

高田信 Twitter
https://twitter.com/heartwarming_c



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